長野県の南西部にある木曽地域は、西は御嶽山系、東は中央アルプスに挟まれたエリア。豊富な森林資源を活用した産業が、古くから盛んに行われていました。また、江戸時代に整備された五街道の一つ、「中山道」の街道筋にあたり、多くの旅人が往来し、「奈良井千軒」といわれるほど賑わいのあった宿場町「奈良井宿」があります。
特に知られているのは、伝統的工芸品として国の指定を受けている「木曽漆器」。木曽漆器を主体に地場産業振興をしていこうと、1992年には、当時の木曽郡11町村、長野県、木曽郡内の業界団体が集まり、「一般財団法人塩尻・木曽地域地場産業振興センター」を創業。1994年に、木曽の文化、産業のプロモーションを目的として「木曾くらしの工芸館」をオープンしました。その後、道の駅「木曽ならかわ」としての機能も兼ねるように。
木造とコンクリートの外観で、施設内の柱の一部には、ヒノキ材に漆塗りが施されているのだとか。現在は全面リニューアルの改装工事中。3月のオープンに向けて準備を進めているそうです。
今回募集するのは雇用のスタッフではなく、施設内にあるカフェの経営者。このまちにはどんな文化が根付いていて、どんな人物を求めているのか、地場産業振興センター専務理事の太田洋志さん、一般社団法人長野県観光機構 物産ブランド振興部の石坂健一さん、木曾くらしの工芸館で運営のお手伝いをしている近藤沙紀さんに話を聞きました。
木曽漆器の職人が集住するまち、平沢
工芸館があるのは、楢川地区の平沢という地域。工芸館から20分ほど歩くと、漆器のつくり手さんたちが多く住む平沢のまちがあります。漆塗りの職人で形成される漆工町で、まち自体が職人さんで構成されているといってもいいほど。漆工町として全国で唯一、重要伝統的建造物群保存地区に指定され、建物の古い趣きが守られています。
漆器づくりには湿度と温度が重要。木曽の気候は漆器づくりに適していて、温湿度が安定する土蔵を作業場にして漆器づくりをしてきたそうです。仕事場の蔵、敷地の奥の蔵に抜けるための通路など、かつての風情を残しています。職人さんたちは、漆塗りの技術で金閣寺、名古屋城、全国の文化財の保存、修復にも携わっているそうです。
石坂さん「江戸時代に、全国から訪れる旅人が奈良井宿で漆器を買い求めていきました。たくさんのつくり手が生まれ、奈良井宿の隣に職人さんのまちができました。それが平沢のまちのはじまりです。」
高齢化でつくり手さんの数は減っているそうですが、木曽漆器工業協同組合加盟店数は100店強で、実際の店舗を構えているのは30店ほどだそう。
太田さん「一般のお客さんよりも、ホテルや旅館とのお付き合いが多かったため、もともと店舗販売がメインではありませんでした。旅館や料理屋さんに座卓などを納入して、長年使ってもらい傷んでくると、それを直すという行商が主。昔はつくればつくっただけものが売れていくような仕事だったので、ものづくりに集中できたのです。」
石坂さん「昭和の高度経済成長期に住宅の建築ラッシュがあり、当時は日本家屋が多かったので、座卓や茶びつなどが飛ぶように売れたそうです。冗談めかしに『座卓の足が3本でも売れた』といったくらいで、良いものさえつくっていればよかった。でも今はそういう時代ではありません。和室もなく、食器も多種多様になっています。長野県人は職人気質で、いいものをつくりますが、どうやって人とつながるかとか、どうやって販路をみつけるかというのを考えるのが不得手なところもありそうです。」
日本の漆塗りの歴史は古く、縄文時代の遺跡からも漆を施した遺物が出土するほど。抗菌・殺菌作用がある漆の塗膜のおかげで、菌や虫が繁殖せず、木工品でも腐らずに残っているのだといいます。
太田さん「漆って本当に不思議な材料で、アルカリや酸にも強い。唯一、紫外線にあたると分解されます。紫外線で徐々に劣化しますが、塗りかえすことで使い続けることができます。一般的に、塗料は塗り直す前に一度全部剥ぎ取らなければならず、剥ぎ取っても直せないことが多いですが、漆は剝ぎ落さなくても塗りかえしができます。
石油も不要、熱を加えなくてもいい。自然からとれる塗料でこれだけの性質があるものは、おそらく他にありません。」
石坂さん「漆は究極のエコですね。直しながら代々受け継いで使えるし、最後に捨てたとしても土に還ります。海外の方からは、すごくアメージングだといわれます。一周まわって最先端技術だといえるのではないでしょうか。」
地元の木曽楢川小学校では、3年生から授業で週1回、地元の職人さんに漆器づくりを教えてもらっているそう。まずは箸やスプーンから挑戦。5年生になるとより本格的になり、6年生の年の「木曽漆器祭」で、自分たちがつくった漆器を販売します。昨春はコロナ禍で漆器祭が中止になったので、秋に工芸館の外のテントで漆器を販売し、お客さんの呼び込み、お会計、包装まで自分たちで担当したのだとか。
太田さん「木曽楢川小では、給食でも木曽漆器を使っています。子どもたちは食後、食器かごに放り入れたりせず、丁寧に重ねて入れるそうです。傷んだものは修復して、代々使っています。世間では、漆器は使いづらい、気を遣うとよくいわれますが、よほどのことがない限りそんなに壊れることはありません。」
木曽谷の文化、歴史、産業を発信する「木曾くらしの工芸館」
さて、話を「木曾くらしの工芸館」に移しましょう。「木曾くらしの工芸館」では、木曽漆器だけでなく、木曽でつくられた木工芸品や、塩尻のワイン、木曽の地酒、そばなどの食品も販売。レストランを併設しており、さらには120名を収容できるシアター、工芸品のつくり手さんのギャラリー、漆塗りの工房なども備えています。1998年の長野冬季オリンピックの漆塗りのメダルは漆職人が発案し、工芸館の工房でつくられたそうです。
工芸館のある楢川地区(旧楢川村)は2005年に塩尻市と合併したため、塩尻市から木曽エリアまでの広い地域を網羅する産業振興を担っており、木曽漆器と同様に国指定の伝統的工芸品「南木曽ろくろ細工」、木祖村の「お六櫛(おろくぐし)」、ヒノキ、サワラなどの木工芸品など、木曽の各地で育まれた木工芸の文化の発信もしているのだとか。
石坂さん「『木曾くらしの工芸館』は塩尻市の管理施設で、私たち長野県観光機構が昨年から運営のお手伝いをしています。工芸館は、木曽谷全体の文化と、文化に育まれた工芸を発信していこうというミッションを持ってスタートしました。ただ、創業から28年経ち、ずっと行政から補助金をもらって運営していくのではなく、自立のために物販に力を入れてきましたが、せっかくある設備を生かしきれていないようにも見えました。」
オープンから年月が経ち、物品販売が目的化し、施設のあり方が徐々に変わってきた中で、長野県観光機構は「当初の目的に立ち返りましょう」と関係者、関係団体に提案しました。
石坂さん「ここに訪れる方に、漆器の文化、歴史、価値を知ってファンになっていただいて、魅力をお伝えするのが第一の目的。その結果としてものが売れるのだと思うのです。我々は価値を提供する側で、お客様が価値を受け取る側。みんなが一丸となって、お客さんにいいねといっていただけるチームになりましょうと話しました。工芸館はいろいろな目的が多様にある施設。物を買うだけでなく、体験もできる。その中の一つがカフェ、という位置づけです。」
今回のリニューアル工事では、物販のほか、木曽漆器の工程を説明する展示や、木曽漆器の貴重な専門書などを、より多くの方に観ていただこうと、配置を大幅に変えるようです。
カフェは高い吹き抜けが特徴的で、木調の温かみを感じる内装空間。2階には談話スペースもあります。中庭がすぐ目の前なので、季節感を間近に感じられる場所。観光客で賑わう夏場は、さまざまなイベントも催されています。
地域の方が気軽に寄れるコミュニティのようなカフェを
漆器が文化として根付き、現在も続く地域で今回募集したいのは、「木曾くらしの工芸館」内にあるカフェの経営者です。
今までカフェを経営していた方が高齢になり、改修に合わせて手を引くことになったといいます。テーブルやいすなど、使える備品はあるものの、コーヒーサーバーや食器などはある程度揃える必要もあり、多少の初期投資は必要ですが、カフェという空間だけでなく、工芸館、道の駅の中にあることから、一人だけではできないことにも挑戦できる良さがあります。
近藤さん「平沢のまちには、カフェのように気軽に寄れて井戸端会議ができるような店がないため、観光客だけでなく、地域の方の『たまり場』のようなカフェにできたらいいねと話しています。ただカフェ経営をするだけでなく、前向きに地域の人と関わったり、漆器を知ったり、お客様と漆器という文化をつなぐ努力をしていただけたらと。お客様に職人さんを紹介するなどの関係性づくりを担ってくださる方がいいですね。平沢の漆器をここから発信していけたらと考えています。」
石坂さん「平沢のまちは通りがメインの通りと裏通りがあり、メインの通りは漆器店の構えがありますが、裏通りは職人さんの通りなので一見普通の民家。なので、観光客がふらっと訪れても、なかなか声をかけづらい雰囲気があるんです。
カフェで観光客が地域の方と出会い、一緒に会話する中で、『平沢のまちまで一緒に行って見てみる?』と誘うとか、新たな関係性を生む出会いの場になったらいいなあと。地元の人が、『あの店主に会いにちょっとお茶でも飲みに行こうか』と思っていただけるような方に、ぜひ担ってもらえたらと思います。」
何工程も経てやっと完成する漆器。その日その日の温湿度で様子が変わる漆を、感覚的に調整するなど、熟練した職人の技を生で見たり、話を聞くのは、工芸の産地に行かないとなかなかできないこと。店舗では作品と出会い、カフェでリアルに作家さんと出会えるとしたら、一般の観光客だけでなく、全国のものづくりの作家さんたちにとっても、魅力的な出会いの場になりそうです。
石坂さん「漆は、木に塗るイメージが強いかもしれませんが、金属、革、紙、ガラス、塗れないものはないというくらい何にでも塗れます。ここで培われた漆塗りの技術と出会い、全然違う分野のクラフト作家さんとのコラボレーションで全く新しいものが生み出されるかもしれません。つくり手同士が出会うことで何か面白い化学反応が起こることを期待しています。」
28年前のスタート時に地場産業振興センターが掲げたミッションに立ち返り、まちと一体となって文化発信、文化交流にもつながる出会いの場に。カフェはまさに今、生まれ変わろうとしています。
一人ではなく「ワンチーム」で
カフェを営むうえで、平沢のまちに住んで職住ともに地域の一部になれば、地元の方とのつながりはよりつくりやすくなりますが、もちろん居住する場所は自分で選ぶことができます。ちなみに、平沢のまちからは、塩尻市の市街地は生活圏内で、松本市街までも車で1時間弱。国道19号沿いにあり、JR中央本線の木曽平沢駅も近いため交通アクセスは良く、買い物に不自由する心配はなさそうです。
移住して実際に平沢に住んでいる近藤さんに、この地の魅力を聞いてみました。
近藤さん「山が近く、自然に恵まれ、住むにはすごくいい場所。これまでに起業経験がなかったとしても、塩尻市大門にあるシビック・イノベーション拠点「スナバ」のような場所で、相談したり、背中を押してもらえる環境があるのもいいところです。同世代の人たちとのつながりを大事にしつつ、ものづくりにもどっぷり浸かることができます。平沢の住まいのこと、地域の関係性のことも相談に乗れますよ。」
工芸館の中にあるカフェなので、地場産業振興センターの職員のみなさん、長野県観光機構などのフォロー体制があり、はじめから仲間がいる状態ではじめられるのはメリットといえそうです。
太田さん「起業という形なのでハードルは高いかもしれませんが、できる方法を一緒に考えて、協力体制をつくりたいと思います。ぜひ楽しんでやってもらえれば。たとえば、ものづくりしながらご家族でカフェを経営する、というのもいいし、やってみたいことが実現できる場所になるといいなと思います。」
石坂さん「『カフェはお任せするので勝手にどうぞ』ではなく、ワンチームでやっていきたいと考えています。冬は若干、観光客が減りますが、野菜や果物の生鮮売り場もあるので、地元の方に安定的にお越しいただけるよう、共に価値を提供していきましょう。中庭、ギャラリー、シアターなども有効活用できる仕掛けを一緒にできたらと思います。」
単なるカフェではなく、地域の方がふらっと立ち寄るコミュニティ空間。リアルなつくり手、住民たちとの会話で、木曽をもっと深く知り、好きになる。ときには新しいものづくりのアイデアを得られる。そんな出会いの詰まったカフェ経営に挑戦してみませんか?
文 松井明子
※ 撮影のため、取材時はマスクを外していただきました。
募集要項
[ 会社名/屋号 ]
一般財団法人 塩尻・木曽地域地場産業振興センター
[ 募集職種 ]
カフェ経営・運営
[ 取り組んでほしい業務 ]
伝統工芸「木曽漆器」や木工芸品などの産地で道の駅「木曽ならかわ」を運営しており、施設内にあるカフェの経営(運営者)を募集しています。
Cafeのコンセプトは、
「つくり手と消費者・工芸家の出会いの場」として、
・いつも人の温もりがある
・地元の人の集いの場になっている
・出会い、思い、アイデア、の交流の場になっている
・美味しい飲み物と地元スイーツのコラボレーションが発信されている
・デイリー、ウィークリーで訪れる安らぎと癒しの空間と考えております。
当施設と一緒に、価値を提供して頂ける方を募集しております。
[ 雇用形態 ]
テナント募集
[ 給与 ]
使用料として、55,000円/月( 税込み)をお支払いいただきます。
※水道・光熱費、込みの金額です。
[ 勤務地 ]
長野県塩尻市大字木曽平沢2272-7
[ 勤務時間 ]
9:00~17:00
[ 休日休暇 ]
無休(臨時休業あり)
※12月~3月は、毎週火曜日休み
※年末年始は、12/31、1/1が休み
※休みは相談に応じます。
[ 応募要件・求める人材像 ]
飲食業を営むために必要な資格
※貴殿にて保健所への申請はお願いします。
[ 選考プロセス ]
書類選考 ※喫茶経営・運営に際しての提案書
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面談
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内定
※選考期間は約2週間程度を想定しています
※取得した個人情報は採用目的以外には使用しません。
※不採用理由についての問い合わせにはお答えできかねます。
[ その他 ]
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