妻籠宿(つまごじゅく)をはじめとする風情ある宿場の町並みが残り、中山道を歩く観光客が年々増えている長野県南木曽町(なぎそまち)。国道19号を折れて、山あいの道を車で5分ほど上がると、見えてくるのは南木曽町上の原(うえのばら)地区です。里山の原風景が残るのどかな集落に風が吹けば、たちまち木々の枝が風で擦れ合う音がして、割り立ての薪の匂いがほのかに鼻をくすぐります。
「Hostel Yui-an」と書かれた看板と大きな屋根が目印の古民家が、今回の取材場所となります。出迎えていただいたのは、ここで宿「結い庵」を運営する「株式会社フォークロア(以下、フォークロア)」代表の熊谷洋(くまがいひろし)さん。築200年以上の空き家だった古民家を2年以上の歳月をかけながら、日本だけでなく世界各地から旅人を迎え入れる宿として再生しています。このほか、町内にある宿場の三留野宿(みどのじゅく)にある「柏屋」、南木曽駅前の「MOUNTAinn(マウンテン)」など、合わせて3棟のゲストハウスを運営しています。
今回募集するのは「フォークロア」のスタッフとなって、一緒にゲストハウスを運営する人。訪れるゲストを出迎え、もてなす仕事です。「日々の小さなディテールの積み重ねが全体をつくり、ゲストの感動を生む宿につながる」という「フォークロア」のみなさんが、仕事の中で大切にしていることは何か。南木曽町での暮らしの様子なども含めて、熊谷さんのほか、スタッフとして働く熊谷理絵(くまがいりえ)さん、岡庭由季(おかにわゆき)さんに詳しいお話を聞きました。
顔の見える誰かの役に立ちたかった
熊谷さんが南木曽町の地域おこし協力隊として移住したのは2015年のこと。移住前は東京で会社員生活を送っていたという熊谷さん。もともと、南木曽町にゆかりがあったわけではなかったといいます。
熊谷さん「20代は東京のIT企業に勤めていて、グローバルな部署でマーケティング企画や戦略を担当していたこともあり、30代は海外で働きたいと漠然と考えていたんです。」
会社員時代の熊谷さんを知っているのは、奥さんの理絵さんです。二人が結婚して東京のアパートで暮らし始めた矢先、東日本大震災が起こりました。
理絵さん「地面そのものが揺れるというか、今までの人生で経験したことのない揺れでしたね。その後の状況も、電車が止まったり、通信も不安定で、スーパーからは商品が消えていったりとか。今までお金を出せば買えていたものでも、それは必ずしもいつも手に入るものじゃないんだというのを実感したというか。振り返ってみると、この時の経験がそれぞれの人生の中でだったり、二人の未来にとってすごく大きな変化をもたらした出来事だったなと思います。」
震災後のボランティアを通じて、それまでは海外に向いていた熊谷さんの気持ちにも徐々に変化が起き始めました。
熊谷さん「大都市にいて、大きな組織に属していると、自分が何か大きな力を持っているような気がしてくるんです。でも、東北にボランティアにいくと、実際に自分の力でできることってすごく限られてるんだなとか、自然の中で生きる力を身につけなきゃと思い始めて。また、それまでの仕事は戦略企画を担当していたこともあり、資料を作成しても、誰に届くのか顔の見えない仕事も多かったんです。目の前の具体的な人の役に立って『ありがとう』と言われたかった。だから都会を離れて自然の中で暮らしながら、顔の見える誰かの役に立てるような生き方をしてみようと、考え方がシフトし始めたのだと思います。」
里山で誰かの役に立てるような事業を起こそうと考えた熊谷さん。将来的にも成長が期待できるような分野で、なおかつ海外の人と関わるグローバルな仕事となりうる産業として、観光業、特にゲストハウスに着目しました。事業の拠点を探すなかで見つけたのが、南木曽町だったといいます。
熊谷さん「観光業未経験の自分でも参入の余地があって、外国人観光客に人気になってきている地域はないかと探すなかで、出会ったのが南木曽町でした。初めて訪れたのは冬の小雪舞う寒い日で、ちょうど妻籠宿から南木曽駅に歩いてくる途中に、高台から南木曽の駅前通りを見下ろせる場所があって、そこからみる景色が寂しげながら、なぜかすごくきれいで。それを見た時、直感的に『自分に何かできることがあるかもしれない。ここでやってみたい』と思ったんですよね。それで南木曽町に移住することに決めました。」
大切なものは、日々の所作の中にある
熊谷さんの地域おこし協力隊としての着任が決まってからは、物件探し。海外の旅行客を迎え入れる宿として、今後は日本の伝統建築が息づく古民家が再評価されていくだろうと感じていた熊谷さん。いくつか見てまわるなかで今の「結い庵」となる物件に出会い、本格的にDIYによる改修がスタート。当初は二拠点で東京と南木曽を往復していたという理絵さんも、通ううちに徐々に南木曽町のライフスタイルに価値を感じ、合流しました。
前職のIT企業の経験もあってか、スピード最優先。当初は改修範囲を最小にして3ヶ月後には開業し、徐々に改善していけばいいと考えていたという熊谷さんでしたが、県内のゲストハウスに宿泊したことで、考えがガラッと変わったといいます。
熊谷さん「最初は、ゲストハウスがどんなものかもよく知らなかったので、お勧めされたゲストハウスに泊まりに行ってみました。そこですごく感動して。どうせやるなら、自分たちも感動を生む宿をつくらないと、やる意味がない。そう決意し、結果的に開業までのセルフリノベーションに2年かかりました。」
熊谷さんたちの妥協のないこだわりが功を奏したのか、開業直後から海外の旅行客が訪れるようになった「結い庵」。運営を始めて間もない頃は、体制もままならない中、地域の方々に助けてもらうことも多々あったといいます。
理絵さん「今は駅からの送迎サービスの仕組みもしっかりしているのですが、当時は、お客さんとのメールのやりとりも連絡がきたら返すみたいに最低限で回すしかなくて、お客さんが無事に到着することを案じるしかできないこともありました。そんな時、ご近所さんがマイカーで『連れてきたよ』とピックアップしてくれたりと、本当に助けていただきました。」
2020年からの新型コロナウイルスの感染拡大は、インバウンドビジネスや観光業界に大きなダメージを与え、「フォークロア」もその例外ではありませんでした。しかし、クラウドファンディングなどのプロジェクトを通して、普段会ったことのないたくさんの地域の方々からも応援されていることを実感した熊谷さん。コロナ渦を経てインバウンド需要が回復してきた今、改めて思うことがあります。
熊谷さん「打ち手がなくなり、前に進めなくなって、ほとんど全てを失いかけた時、最後まで残ったものが何かといったら、やっぱりこの場所なんですよね。大切なものはずっと足元にあったということに気がついたというか。よく、いろいろなものの価値を高めるために、ビジョンが大事だといわれますが、一方で、例えば目の前の薪棚に薪を一つひとつ積みあげるという単純な作業の中にも、見出せる価値はたくさんあるなあと。そうした所作の連続こそ、実は本当に大事なことなのではないかという気がするんです。」
何気ない会話が、旅先での忘れられない思い出になる
「結い庵」をはじめとする、ゲストハウスでの体験価値は、一日にしてつくり上げられるものではありません。そこで働くスタッフ一人ひとりの日々の所作の積み上げの中に、立ち現れてくる総体としての体験があります。宿を運営する仕事とは一体どういうものか、スタッフにも話を聞いてみたいと、次にインタビューをしたのは、働き始めて今年で5年になるというスタッフの岡庭さんです。
岡庭さん「ここで働くきっかけは祖母の家でした。ここの近くで10年くらい空き家となっていたのを、一時は売りに出すことになったのですが、好きな場所だったので、当時住んでいた名古屋から移住することにしました。とはいえ、移住したのはいいものの、仕事を見つけないまま来てしまったので、どうしようかなと思って見つけたのが『結い庵』でした。宿泊業の経験があったので、そういうものにまた関われるといいなと思って応募しました。」
宿泊業といっても、ビジネスライクな接客ではなく「一歩踏み込んだホスピタリティを発揮できる場所を求めていた」という岡庭さん。原点となったのは、北海道のニセコにあるペンションで働いた時の経験だといいます。
岡庭さん「住み込みで働いていたのと、お客さんはスキーやスノーボードをしに1、2週間くらい滞在するので、一緒に過ごす時間が長いんですよね。お話してこういう人なんだとちゃんと理解して、困っているならこうしたらいいかなと、考えて動いていました。例えば、お客さんが『スキーで転んで痛かった』と話していたとします。『大丈夫』と強がっていたとしても、これから腫れるかもしれないからそっと氷を渡してあげるとか。向こうからお願いはされないけれど、こちらから提案すると、ありがとうって言ってくれたり。そういうコミュニケーションが一週間とか続くと、さようならの時にはもうお互い涙を流すくらい仲良くなる人もいました。」
ニセコのペンションと、南木曽のゲストハウスとでは、訪れる人の興味も伝える価値も異なるという岡庭さん。ニセコ時代のお客さんは、主な目的がウインタースポーツだったのに対し、「結い庵」には、日本の伝統文化に興味があったり、自然やハイキングが好きだというゲストが多いといいます。
岡庭さん「ここは地元に近かったり、自分も住んでいることもあり、自然や歴史、風土など、自信を持ってお客さんにお伝えできるというのもありますね。山が近かったりするし、せっかくなら楽しんでもらいたい気持ちもあり、歩いていて見つけた花をときどき宿に飾ったりしています。花桃の時期など、生けておくとお客さんの方から「これは何の花?」と質問されて、『花桃っていうんですよ』『福沢桃介がドイツから持ち帰ってきたんですよ』と返すと、『きれいだね、何の花か気になっていたんだ』と言っていただいたり。そうした何気ないやりとりが、ここでの思い出になると思っていて。そうすることで、お客さんの中で、ここが忘れられない場所になっていくんじゃないかと思っています。」
お客さんの“楽しい”をつくるための仕事
宿泊客のうち9割が海外からの観光客だというゲストハウス事業。どうしてもゲストとの直接的なやりとりにスポットライトが当たりがちですが、日々のオペレーション業務のうち、大半は接客以外の部分に当てられています。具体的な1日の流れはどんなものか、改めて岡庭さんに質問しました。
岡庭さん「まずは予約表を開いて、当日滞在するお客さん、翌日滞在するお客さんがどういう方々か、人数や場合によっては家族構成などもチェックして、その日のだいたいの動きが決まるので、ルーティンはほとんどありません。例えば、赤ちゃんがいる場合は、紙オムツを捨てるゴミ箱を別で置いておくとか、タオルの枚数も赤ちゃん分も入れた3枚を置いておくとか。データ上で見れば2枚あればいいかもしれませんが、一歩踏み込んでお客さんがどうしたら楽になるかを考えて動くことを大事にしています。」
雨が降っている日は、歩いてくるお客さんが濡れた体をすぐ拭けるように、玄関にタオルを準備しておいたり、「靴はストーブ横で乾かせますよ」と伝えたり。臨機応変な対応が求められる仕事だからこそ、各動作はマニュアル化できないといいます。スタッフとして迎えたいのはどういう人なのでしょうか。
岡庭さん「お客さんの9割が海外の方だったり、いろいろな方に会える仕事は一見楽しそうだと思われがちですが、私たちがしているのは、お客さんの“楽しい”をつくるための仕事です。そのためにやっているのは、掃除や食事の準備など、地味なものがほとんどですが、そういった仕事をひとつでもおろそかにすると、お客さんは楽しむことができません。お客さんを楽しませるために、自分に何ができるかを考えて動ける人が向いていると思います。」
また、チームの業務分担の中で、ゲストとの直接的なやりとりがない部分を担当する場合もあるといいます。それでも、スタッフが行う仕事はすべて、ゲストの心を満たすために欠くことのできない要素です。
理絵さん「お洗濯やお食事の提供など、たくさんある業務のうち、一個でも欠けたら宿にはならない。宿の体験をつくる輪っかの一つとして、一人ひとりの日々の行動がどれだけお客さんの楽しいをつくるかを一緒に想像しつつ、一所懸命に働いてもらえたらと思います。」
その営みの中にしかない、唯一無二をつくりたい
一つひとつの所作や仕事が体験の総体をつくるように、一人ひとりにその人だからこそできる仕事がある。普段は、草刈りなどの外仕事が多いという熊谷さんも、このことを強く感じた出来事があったといいます。
熊谷さん「1年半くらい前、草刈り中に怪我をしてしまい、3ヶ月くらい動けなかったんです。その間、外仕事ができなかったことで、宿の周りがたちまち猪たちの沼田(ぬた)場になってしまいました。草は伸び放題だし、荒れ放題になって。それで、自分がいなくなった時に、何が起こるかってことがわかったんですよね。よくよく考えてみると、草刈りできる人はたくさんいたとしても、この場所に手をかけ続けていくことって、じつは私以外にできる人はいないんだって。
その場所で自分しかできる人がいないと気付けたら、その人は交換可能な存在ではなくなるんです。大切に思える場所と結びつくことで、誰であれどんな仕事であれ、かけがえのないものになれる。そういうことを心にとどめながら、一つひとつの仕事に向き合ってみる。
そうするとどんな仕事であっても、できる限りおろそかにせず、表現したいなと思うし、そういう、本当に小さなことの積み重ねが全体をつくるというか。それをやっていった先に、人の心を動かす美しさみたいなものが、いつか現れてくるのではないかと思ってるんです。」
地域起業家として、いち経営者として、スタート以来ノンストップで動いてきた熊谷さんは、ご自身のこれまでの変遷を高速道路に見立てて振り返ります。
熊谷さん「これまでは起業家として高速道路を爆走してきた感じなんです。でもいろいろな理由で、その高速道路を降りないといけなくなった。コロナ渦でお客さんが来ない時でも、この場所を手入れしないといけない。原野を草刈りしながら、行ったり来たりするわけですが、ずっと行き来しているとね、いつの間にか、けもの道みたいな道ができるんです。そこを歩き続けていないと、草が茂ってすぐ消えてしまうんですが、日々の営みの中で、毎日そこを通ることで段々と道になって、それが景色になって、いつか風土になるんですよね。
高速道路って、速く遠くに、道に迷うことなく辿り着くためのものですが、そこで測られるのは、どれだけ速く遠くまで行けたかですよね。尺度が均一だから、勝ち負けが存在しますが、けもの道はそこにしかないし、営みの中でしかつくられないから、唯一無二なんです。いま自分はそういうけもの道のある景色をつくっていきたいと思っています。」
「結い庵」のけもの道があれば、熊谷さんのけもの道もある。理絵さんのけもの道があっていいし、スタッフ一人ひとりのけもの道もしっかりとある。たとえそれぞれのけもの道が思い思いに枝分かれしていたとしても、みんな「結い庵」で交差している。「『結い庵』を結び目に、みんなでけもの道をつくっていくような、そういう営みができる集まりにしたいと思っています」と、語る熊谷さん。
今やっていることがすぐに形にならなくても、目の前の所作を丁寧に繰り返し、積み重ねていくことで、自分にしかできない仕事は、やがて唯一無二の道となる。一つひとつの仕事に向き合いながら、ゲストを大切に思う気持ちを表現していく人へ。ぜひ、南木曽町の「結い庵」で落ち合いましょう。
文:岩井美咲
募集要項
[ 会社名/屋号 ]
株式会社フォークロア
[ 募集職種 ]
ゲストハウス運営スタッフ
[ 取り組んでほしい業務 ]
ゲストハウス 「結い庵」「MOUNTAinn」「柏屋」の運営
<仕事内容>
・館内清掃、リネン洗濯
・調理補助、ドリンク提供
・チェックイン受付対応、観光案内(主に英語での対応)
・予約管理やシフト作成
※清掃等のバックヤード業務、接客等のフロント業務、スタッフ管理等のマネージメント業務などのうち、どのような内容を中心に お任せするかは、ご本人の希望および能力や適性を考慮して決定 します。
[ 雇用形態 ]
①正社員
②アルバイト
[ 給与 ]
①正社員:基本給月額210,000〜300,000円
②アルバイト:時給1,100〜2,000円
[ 勤務地 ]
長野県木曽郡南木曽町内
[ 勤務時間 ]
10:00 – 19:00 (休憩時間1時間)、13:00 – 22:00 (休憩時間1時間)、または 9:00 – 22:00の間の2時間以上
就業時間については、シフト勤務により希望の時間を相談可能です。
シーズン等により、出勤時間・退勤時間は変動があります。
[ 休日休暇 ]
週休2日制(火・水)
[ 昇給・賞与・待遇・福利厚生 ]
・交通費支給
・有給休暇
・保険(健康保険・雇用保険・労災保険)
・年金(厚生年金)
・家賃補助(正社員のみ)
・スタッフ宿泊割引あり
[ 応募要件・求める人材像 ]
・人をもてなすことに喜びを感じられること
・清掃や洗濯等の体力仕事をこなせること
[ 選考プロセス ]
書類選考
↓
面接1回(現地)
↓
内定
※選考期間は1週間程度を想定しています。
※取得した個人情報は採用目的以外には使用しません。
※不採用理由についての問い合わせにはお答えできかねます。
[ その他 ]
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