長野県塩尻市の南部に位置する木曽地域。江戸時代には五街道のひとつ中山道が通り、贄川宿(にえかわじゅく)から馬籠宿(まごめじゅく)まで、11の宿がこの地域にありました。求人の舞台となる木曽平沢は、宿場と宿場の間にある「間の宿(あいのしゅく)」と呼ばれる場所で、中山道随一の木曽漆器の生産地として栄えた歴史を持ちます。ヒノキやアスナロなど、地元で採れる良質な木材を使った器や家具に漆を塗ってつくられる木曽漆器は、中山道を旅する人々の土産物として人気を集めました。

木曽ヒノキやサワラの薄い板を円形や楕円形などに曲げてつくる「曲物(まげもの)」。軽くて丈夫な弁当箱は今も人気を集める

また漆工の発展と共に整備された町並みは、全国初の重要伝統的建造物群保存地区として選定を受けていて、今も主屋の裏に漆工や木工の作業場を持つ家々が並んでいます。

東西に約200m、南北に約850m広がる保存地区。今も漆器店や工房が点在する

取材に伺った「丸嘉小坂漆器店(まるよしこさかしっきてん)」は、1945年創業の老舗工房です。3代目を務める代表の小坂玲央さん(以下・玲央さん)は、伝統工芸品でもある木曽漆器自体はもちろん、地域に息づくものづくりの意思や心を、次の時代に伝えていきたいと考える職人のひとり。産地のつなぎ手として、工房で働く仲間を探しています。

時代とともに進化を続ける漆工・木工の職人集団

「丸嘉小坂漆器店」の代表的な商品は「漆硝子」。特殊な加工を施したガラスに漆を塗って仕上げる、色鮮やかな器です。制作を担う職人は、代表の玲央さんを含めて6人。入社して初めて漆に触れた人、大学で伝統的な漆芸を学んできた人、県内外からバラエティに富んだメンバーが集まっています。

商品棚の前で話をする小坂玲央さん。木工房の一角を改修したというショップには色とりどりの器が並ぶ

玲央さん「ガラスに漆を塗るというアイディアは、先代である父の発案です。長野県工業技術総合センターと共同研究をして、1994年に『すいとうよ』というブランドを発表。当初は酒器が中心でしたが、幅広い用途で使える耐久性に優れた商品を目指して改良を重ね、今は私たちが立ち上げた『百色-hyakushiki-』を中心に、全国に漆器の魅力を発信しています。」

漆とガラスを掛け合わせた商品は他の工房や産地でも発表されていますが、これをメイン商品に据え、ここまで多数のラインナップを取り揃えている会社は多くありません。新ブランド立ち上げから10年と少し、今はSNSやメディアへの露出をきっかけに認知が広がり、店舗やECサイトを通じたDtoC(Direct to Consumer:メーカーが直接ユーザーに販売すること)の販売が増加しています。

「百色」の器は、ガラスの外側に漆を塗ることで金属製のカトラリーも使用可能。洋食やデザート類なども油分を気にせず盛りつけられるようになり、漆器の可能性を広げた

玲央さん「木曽漆器を含む伝統工芸業界は、販売や製造、その工程も、ほとんどが分業制です。うちのように自社でほぼ全ての製造を行い、企画や販売にまで取り組む工房は稀だと思います。」

今回募集するのは漆工をメインに行う「漆器職人」と、販売や在庫管理などを担う「販売事務」の2種類ですが、どちらで入社しても、工房の全ての仕事に携わります。

玲央さん「社員であれば、誰でも店頭に立ってお客さんとコミュニケーションを取りますし、展示会に出展してセールスもします。商品が陳列されているセレクトショップやインテリアショップの売り場を巡ったり、大手メーカーのOEMや記念品を作る企画に携わったり。完成した商品がどのように社会に出て、お客様の手元に届くのかを体感してもらいます。」

「商品が使い手に届くまでを見てもらうことで、自身の仕事に誇りを持ってもらえたら」と話す玲央さん

本人のやる気と技量次第では、商品企画にも挑戦可能。製造に入る前、「誰に届ける何をつくるのか」というものづくりのはじまりは、一貫制作を行う工房だからこそ経験できる業務です。

玲央さん「チームワークを大切に、みんなで会社の業務を回すイメージを持ってもらえるといいかもしれません。展示会や地域の漆器祭がある6月が主な繁忙期ですが、企業案件は急に舞い込むこともあり、限られた時間で何百個、何千個という数を仕上げることも少なくありません。そうした大変なときでも、その先にいるお客様のことを考え、共に頑張れる人と出会いたいです。」

木曽漆器という伝統産業を軸に、新しくて自由な漆器を生み出し、発信を続ける玲央さんたち。時代を読む力や「ものづくり」に対する挑戦的な姿勢は、代々受け継いできた工房の意思のひとつです。

形を変えて守り続けてきた木曽漆器のDNA

開業当初の丸嘉小坂漆器店は、木曽漆器の下地づくりを担う工房でした。問屋からオーダーを受けて漆器の下地を作り、分業制の一部を担っていたのです。上塗りを行うようになったのは2代目の頃。鏡面のように平らで艶のある呂色(ろいろ)塗りの円卓など、伝統的な和家具が人気を集めていました。

玲央さん「明治時代以降、バブルの頃までは業務用の卸販売を中心に順調に売り上げを伸ばしてきました。しかし業務用の販売は、産地規模のわりに『木曽漆器』という名前が認知されないデメリットがあります。バブルが崩壊してからは他の産地や問屋からのオーダーがパタリとなくなり、仕事のない状況が半年以上続くこともあったと聞いています。」

そこで2代目を中心に産地や会社の存続をかけて取り組んだのが、自社製品の販売と新製品の開発です。自社製品はこれまでの和家具をやめ、椅子やベッドなど時代にあったニーズの高いものに切り替え。百貨店の催事などに出展して販路の拡大を図りました。それと同時に進んだのが、先に触れた漆をガラスに塗る技術の開発です。

通常の塗りでは漆が剥がれてしまうが、特殊な加工をすることで定着させている

玲央さん「できた当初は先駆け的な存在として多少の注目を集めましたが、先代も先先代も、もとはものづくり専門の職人です。開発した商品を軌道に乗せるまでの販売力はなく、私が入社した2009年には、漆ガラス製品は全体の1割にも満たない程度の売り上げになっていました。」

売り上げの大半を占めていたのは、方向を転換してはじめた椅子やベッドなどの家具製品。しかし家具を販売するには百貨店の催事に出展する必要があり、期間中は店頭に立つため工房を閉めなければなりません。さらに、高価格な家具は出展しても買い手がつくかわからないのがネックです。玲央さんは「もっと効率よく、つくり手が生産に集中できる環境を整えたい」と考え、小売店などに扱ってもらいやすく、現代の食事文化にも合う「漆硝子」を中心に据えようと行動してきました。

部屋にあるテーブルも、かつて玲央さんが作った作品のひとつだ

初めは職人を志ざし、自分の理想とするものづくりに打ち込みたいと考えていた玲央さん。会社を承継したりブランドを立ち上げたり、今後さらに発展させていこうと考えるようになった背景には、強い使命感が伺えます。

玲央さん「私たちの事業は、木曽漆器という大きな伝統や文化によって支えられています。丸嘉小坂漆器店の場合、その土台をどう活かし守るかは、会社を預かる人次第。代々続いてきた姓を子や孫につないでいくように、事業や技、思いや心を自然な形で残したい思いがあります。木曽漆器という土台を次世代に使ってもらえるよう整えるのが、工房を預かる私の使命かもしれません。」

一緒に経営や企画など会社を担う小坂智恵さん(以下・智恵さん)は、地域の外から漆芸を学ぶために木曽を訪れたひとり。丸嘉小坂漆器店では、看板ブランド「百色」の立ち上げに携わり、夫である玲央さんと共に自分たちの目指す土台を模索してきました。

人を呼び込み「ものづくり」のある「産地」をつなぐ

玲央さんと智恵さんが会社に関わるようになった2009年前後は、社会のなかで「伝統工芸」に対する意識が変化しはじめた時期でした。

埋もれていた伝統工芸の魅力を引き出すために「デザイン」という視点が取り入れられるようになり、デザイナーと呼ばれる人たちが、急激に各産地に入りはじめたのです。「丸嘉小坂漆器店」では、2009年から4年の歳月をかけ、先代が生み出した「漆硝子」のリブランディングが進んでいきました。

智恵さん「商品の企画は、あえて漆の知識を持たないデザイナーさんに絵を描いてもらうところからのスタートでした。職人の目から見ると、どうしてもつくりやすい素材や柄、形を選びたくなりますが、それでは今までと同じものしかできません。時代に求められる漆器をつくる意識で、私たちの技術をもって描かれた商品を形にしていく。『百色』では、その部分が何より重要だったと思います。」

優しい笑顔がすてきな智恵さん。店頭では、つくり手としての想いや器ができるまでのストーリーを伝える機会も増えている

例えば、木曽漆器で古くから使われる錆土(さびつち)という土を使ってざらっとした凹凸を出したり、牛乳などのタンパク質を加えてふっくらした漆独自の肉持ち感を出したり。デザインされた絵に合わせ、小麦や塩、豆腐など、さまざまな素材を持ち寄って表現の方法を探っていきました。

智恵さん「以前から代々続く産業、職人という存在への憧れはあって、仕事はどれもとても楽しいです。私たちの代になってからは、スタッフもお客様も漆に触れたことのない人と接する機会が増えていて、そうした人たちにどうやって魅力を伝えていくのかが課題でもあり、おもしろさでもありますね。」

工房を訪れるということは、何かしら漆器に魅力を感じてくれてたということ。「相手のその興味や気持ちを大切にしたい」と智恵さん

工房で働く太田寛子さんは、挑戦を続ける玲央さんや智恵さんの姿、「百色」の美しさに漆の可能性を感じて就職を決めたという20代。勤続5年を過ぎた今は、器を塗ったり漆の線を引いたり、「百色」の器なども担当しています。

漆硝子に伝統工芸の可能性を感じて職人の道へ

小さい頃からものをつくるのが好きだった太田さんは、将来は生まれ育った長野県で、ものづくりに携わりたいと夢見ていました。

太田さん「漆工に興味を持ったのは、テレビ番組か美術の先生の一言か。定かではありませんが、おもしろそうだと直感して美術大学で漆芸を学ぼうと決めました。学んでみると、どれだけ学んでも理解しきれない天然素材の奥深さにすっかりハマってしまって。仕事であれ趣味であれ、これは一生続けられるものだと思いました。」

うまくいけば嬉しいし、わからなくてもその探究が楽しい。最初に感じたワクワクは、今もずっと変わらない

一方で、伝統的な漆芸を学ぶ学生だからこそ見える不安や迷いもありました。

太田さん「一つひとつ手づくりされる漆器は、価格も利便性もプラスチック製の器には敵いません。産地が衰退している話も聞くようになり、自分が取り組んでいるうちに漆工がなくなってしまうのではないかという不安もありました。漆が時代に求められていない雰囲気はとても悲しかったです。」

学びはじめたからには仕事にしたいけれど、そのための方法がわからない。情報を集めるなかで「百色」に出合った太田さんは、純粋に「みんなに求められる漆」の存在が嬉しかったといいます。

太田さん「『丸嘉小坂漆器店』への就職が決まったとき、改めて漆を一生の仕事にする覚悟を決めました。まだまだ玲央さんたちの背中は遠くて、自分に何ができるのかはわかりませんが、産地をつなぐ一端を担いたいと思って日々の業務にあたっています。」

異素材との掛け合わせでも根本的な技法は同じ。漆のよさも消えることはない

 仕事を通じてさまざまな人に会うようになった今、当初感じていた「漆芸がなくなってしまうかもしれない」という不安はどんどん薄まっています。漆器を購入されるお客様や、各地にいる若手仲間の存在は心強く、「自然に廃れていくことはない」という確信さえ感じられるようになりました。

太田さん「大切なのは、『ここでやってやるぞ!』という気持ちの強さかもしれません。漆器は、つくり手や産地だけではなく、お客様や使ってくださる人など、たくさんの思いに支えられているものです。そうしたつながりのなかで踏ん張りながら、誰かの喜ぶ顔を見るのが、今のモチベーションです。」

木曽漆器をつなぐ、魅力ある産地づくりの一端を担う人材を募集

今回の求人では、智恵さんや太田さんのように木工や漆工の知識を活かして活躍する人だけでなく、「ものづくりは全くの初心者」という人の応募も受け付けています。最近は中山道を歩く欧米の方も増えていて、インバウンドの対応は目下の課題。英語のコミュニケーションなど、ものづくり以外のスキルが役立ちそうな場面もたくさんあります。

玲央さん「販売事務については、店頭や電話での接客スキルや、在庫や製品を管理する効率的なバック業務のスキル。飲食店などの経験も活かしてもらえるのではないかと想像しています。商品開発ではAdobeなどの編集ソフトを用いることが増えているので、『広告代理店でデザインや編集をしていた』などの経験も大歓迎です。」

重視するのは、一緒に働く仲間のことや商品を待っているお客様なのことを考えられる人かどうか。「学びたい」という気持ちも大切ですが、それだけではなく、プロとして真剣に仕事に向き合える人を探しています。

玲央さん「お客様はいつでも本気のサービスを求めて私たちの工房に足を運んでくれるはずで、私たちはその気持ちに真摯に向き合いたい。なにか特別なことをするわけではありませんが、例えば工房をきれいに保つとか、仲間との交流を大切にするとか。初心者も経験者も、職人も販売事務も関係なく、小さな気遣いを大切にし合っていきたいです。」

お客さんや仲間とのコミュニケーションが求められる今回の求人。ものづくりや職人への憧れだけでは、理想と現実にギャップを埋められずに辞めてしまう人もいるそう

さらに玲央さんたちは、仕事を通じて「漆器産業が本当に届けるべき価値は何か」という大きな問いにも向き合っています。さまざまな伝統工芸の産地でデザインと伝統工芸を掛け合わせた商品が生まれている今、色や形が特徴的で、美しいだけの商品は世の中にたくさんあります。

玲央さん「最近になって、改めて木曽漆器の良さをダイレクトに感じられるもの、曲物やへぎ板の商品を手に取るお客様が増えています。そこで私たちは、デザインの次に注目されるのは、そのデザインの裏にある物語や商品そのものの価値なのかもしれない、と仮説を立てました。丸嘉小坂漆器店は、あくまで木曽平沢という産地のなかのひとつの漆器店。今は工房だけでなく、もっと産地として町全体の魅力を高めたい思いが膨らんでいます。」

つくりたいのは、地域の工房が切磋琢磨しながら持ち味を伸ばし合い、訪れた人が町をめぐって楽しめる環境です。代々受け継がれてきた町並みや、そこに息づくものづくりの文化。「消えつつあるこの環境こそが、今後木曽漆器という伝統工芸の新たな魅力になる」と、玲央さんは考えます。

玲央さん「11の宿をつなぐ木曽路にはさまざまな魅力がありますが、ここ木曽平沢は、木曽漆器の職人の仕事を肌で感じられる場所。そんな風に認知が広がったら嬉しいですね。そうしてつないだ土台の上で次世代の職人たちが活躍してくれたら、私たちの使命も無事に果たされるような気がします。」

多様なつくり手の表現がある町を目指してはじまる「産地」としての新たな挑戦。そのための第一歩として、まずはひとつの工房から、木曽漆器の魅力を共に紡ぎ、つないでいく仲間を探しています。

文 間藤まりの
写真 山田智大

募集要項

[ 会社名/屋号 ]

有限会社丸嘉小坂漆器店

[ 募集職種 ]

漆器職人

[ 取り組んでほしい業務 ]

漆器職人
・漆器、漆硝子製造(下地、下塗り、上塗り、絵付け)
・お客様対応(店頭接客、レジ対応、電話対応)
・その他(木工製造サポート、販売事務サポートなど)
※未経験の方からの応募も可能です。出来る業務から行なっていただき、少しづつ業務を習得していただきます。
※職人6名体制

[ 雇用形態 ]

正職員

[ 給与 ]

月額18万円〜22万円 ※試用期間あり(6ヶ月間、月額17万円 )

[ 勤務地 ]

399-6302 長野県塩尻市木曽平沢1817-1

[ 勤務時間 ]

8:30〜17:30(内休憩時間90分) 労働時間:7.5h

[ 休日休暇 ]

・第2、4土曜日、日曜日、祝日を基本としますが、一年単位の変形労働時間制のた め会社カレンダーに準じます。
・年間休日100日
・有給休暇(6ヶ月経過後10日)
・夏季休暇・年末年始休暇あり

[ 昇給・賞与・待遇・福利厚生 ]

・昇給あり 賞与(年2回昨年実績2ヶ月)
・通勤手当(上限1万円)
・雇用保険
・労災保険
・健康保険
・厚生保険
・住宅については社宅や市営住宅等のご紹介が可能です(空き状況による)

[ 応募要件・求める人材像 ]

・年齢:59歳以下
漆工に関心のある方

[ 選考プロセス ]

一次選考:書類選考(履歴書、職務経歴書(学生以外))
二次選考(最終):面接/実技試験(一次選考通過者のみ)
※面接試験は2〜3回行う場合があります。

[ その他 ]
よろしければこちらもご覧ください。
丸嘉小坂漆器店HP

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◎企業担当者と応募前に事前に説明や相談を行うことができます。

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