北に浅間山、南に八ヶ岳の雄大な山並みを望む佐久穂町は、人口約1万人の小さなまちです。八ヶ岳の東山麓に位置する八千穂高原には、日本一美しいと言われる白樺の群生地や、485種類の苔が生息する「苔の森」に囲まれた美しい湖「白駒の池」があります。

この自然豊かなまちには、家族経営の酪農家が7軒あります。生産される生乳は株式会社ヤツレンに出荷され、「ポッポ牛乳」の愛称で知られる「八ヶ岳野辺山高原3.6牛乳」や、ソフトクリーム、チーズ、ヨーグルトなどの原料になっています。

佐久穂町では、この7軒の酪農家をサポートし、地域の循環型農業の推進にも関わる地域おこし協力隊員を募集しています。まちの酪農の現状と将来像、地域おこし協力隊員に期待していることについて、酪農家さんとまちの酪農を支える業務を担当する方に取材しました。

365日欠かすことのできない牛の世話

まずは、酪農家の篠原さんの牧場を訪ねました。生後7ヶ月の赤ちゃんと一緒に出迎えてくれたのは、篠原庸平さんと沙保さん夫妻です。ここには生まれたばかりの仔牛から乳を出す成牛まで全部で100頭ほどの牛がいて、おふたりと庸平さんの叔父さん、弟さんの4人で牛の世話をしています。庸平さんとおじさん、弟さんが搾乳、沙保さんが仔牛の哺乳、という役割分担です。

篠原さん夫妻と牛たち。ここにいるのは乳を出す成牛で、妊娠中の牛や仔牛がいる牛舎もある

庸平さん「牛は朝と夕方の2回、搾乳します。そのタイミングに合わせて、牛舎の掃除などもします。自分たちの場合は、朝の7時半から昼の12時頃までと、夕方5時から8時くらいにかけて牛舎で作業をし、その間は仕事をしたりしなかったり、という感じです。」

相手は生き物ですから、これらの仕事は365日、1日も欠かすことができません。そこで酪農の世界には、酪農家が仕事を休むときに作業を代行する「酪農ヘルパー」という職業があります。

お父さんが酪農をしていた庸平さんの子ども時代は、ヘルパーに来てもらって家族で旅行に行ったという記憶があるそうです。しかし今は、生乳の納入先であるヤツレンが派遣するヘルパーが月に一度来てくれるのみ。その日は、庸平さんと弟さんが半日ずつ休むことが多く、家族で1日自由に過ごす時間を取るのは難しい状況です。

今回募集する地域おこし協力隊の任務のひとつは、このヘルパーの役割を担うこと。それによって、佐久穂町内の酪農家のみなさんに時間のゆとりをもってもらうことが狙いです。

それぞれの酪農家の仕事を覚え、支援する

日本の酪農家は昭和38年の約42万8千戸をピークに年々減少し、令和4年には約1万3千戸になっています。近年は高齢化と後継者不足を理由とする廃業が多いようです。

佐久穂町も、ある時期までは同様の問題に直面していました。しかし現在は、7軒の酪農家それぞれで若い後継者が育っており、目下の課題は世界情勢の変化による輸入飼料の高騰や、休みが取れないという点です。このような状況に対し、まちとして様々な形で支援をしていこうとしています。その支援策のひとつとして、協力隊員を2名募集することになりました。

佐久穂町役場 農政係の潮田雅晴さんによれば、協力隊員にはヘルパーとして酪農家をサポートすることに加え、堆肥づくりによる循環型農業の推進にも取り組んでもらう予定です。

潮田さん「酪農家さんから牛の糞を集め、『佐久穂町土づくりセンター』で堆肥にし、町内外の野菜農家さんに提供しています。ところが最近は、つくりたい作物に合った堆肥を求めて町外から購入する農家さんも増えてきています。地域内の資源の循環を実現するには、堆肥にこだわりのある農家さんのニーズなどをリサーチし、より売れる堆肥づくりを進めていく必要があるんです。そのための情報収集や農家さんとの関係づくり、ヒアリングなどを進めていただきます。」

ヘルパーとしての仕事がある日は、支援先の酪農家に出向き、朝または夕方以降か、その両方の時間帯に活動します。ヘルパーの仕事のない日や、ヘルパーをする合間に、堆肥に関する仕事やまちの農業関係者との関係づくり等を行うことになります。

なお、搾乳した生乳は、その日のうちに集乳車という車が各戸を巡って回収していきます。集乳車が来る時間に合わせて作業するため、酪農家によって仕事の時間帯は異なります。また、酪農家ごとに使っている機械や作業手順も異なります。ヘルパーは、それぞれの酪農家の仕事のやり方を覚え、必要な時間帯に支援に入るのです。

篠原さんの牛舎では、この搾乳場で同時に8頭の牛の搾乳をする

潮田さん「1年目は仕事に慣れてもらう期間になると思いますが、2年目以降は退任後の独立も視野に、まちと酪農家さんと一緒に協力隊員の方の役割を考えていきたいですね。

酪農に関連する仕事は、例えば飼料の生産や人工受精師など、他にも様々にあります。協力隊の仕事を通して『これもやりたい』ということが出てきたら、ぜひチャレンジしてもらいたいです。」

酪農家が共同で設立した“牛の給食センター”の存在

佐久穂町で酪農家の後継者不足の問題が解消されたのは、酪農家自身による経営改善の努力によるところが大きいようです。

2014年、7軒の農家は共同で株式会社八千穂TMRセンターを立ち上げました。TMRはTotal Mixed Rationの頭文字で、日本語では「完全混合飼料」などと言い、複数の原料を混ぜ合わせた栄養価の高い牛のエサのことです。八千穂TMRセンターは牛にとっての食べやすさや栄養、コストのバランスを考えながら必要な原料を仕入れ、飼料をつくって酪農家に届けるという、いわば「牛の給食センター」の役割を担っています。

ここで酪農家それぞれに合わせた餌の配合等を一手に引き受けるのが、ゼネラルマネージャーの有賀文泰さんです。40歳のときに飼料の大手企業を退職し、このセンターの設立から関わってきました。有賀さんは、センターの意義を次のように話します。

有賀さん「ここができる前は、7軒中2軒しか若い後継者がいなくて、まちから酪農家が消えてしまうんじゃないかという状況だったんです。その前になんとかできないかということで、TMRセンターをつくることになりました。

牛の餌をつくって与える仕事は、酪農の仕事の中でもかなりの重労働なんですよ。例えば一つの梱包が60キロもある輸入乾草を担いで牛舎に運び込み、それをほぐしながら牛に与えるといったことを、以前はそれぞれの酪農家でやっていたんです。餌やりの作業は、飼料の管理から掃除、片付けまで含めると酪農の仕事の半分くらいを占めると言ってもいいでしょう。

このセンターではそういうことを全部引き受けて、大きな機械で大量に飼料をつくって各戸に届けます。酪農家の方では、それを機械でまくだけですむようになりました。

それに、原料を大量に仕入れることで安くなるように交渉したり、最近では長野県内の酒造りや醤油づくりの過程で出る米ぬかや大豆かすを仕入れたりして、飼料の栄養価とコストダウンのバランスも図っています。

TMRセンターがあることで重労働から開放され、利益改善もできてきて、酪農家が『息子に継がせてもいいかもしれない』とか、子どもの方が『やってみようかな』という気持ちに変わってきたんです。」

酪農家ごとに異なる飼料設計に合わせ、大きなミキサーに原料を投入して混ぜ合わせる
八千穂TMRセンターでは、酪農家自身が育てて持ち込むトウモロコシを混ぜるほか、他の農家が使わないような珍しい原料も積極的に試し、配合飼料のコストダウンと品質向上を追求している

牛の糞から堆肥づくりを行う『佐久穂町土づくりセンター』も、酪農家が共同で運営しています。ここで良い堆肥を生産して売上が上がれば酪農家の利益も増えるほか、酪農家自身が牛に与えるために育てているトウモロコシの栽培にも利用できるのです。

酪農は一人ではできない。だから助け合いの風土がある

TMRセンターは全国各地の酪農地帯で設立されていますが、酪農家自身が出資・運営しているケースは、長野県では八千穂TMRセンターのみです。まちの酪農を次世代に継承するために一致団結できたのは、酪農家同士が助け合う風土があったのが大きいようです。

「酪農家さんたちの意志でこのセンターができ、運営されている。自分は雇われて力を貸しているという立場」と謙遜するも、酪農家の生産性向上に対して並々ならぬ情熱を燃やす有賀さん

有賀さん「酪農っていうのは一人じゃできないから、必ず仲間の助けが必要なんですよ。どこかの家で機械が壊れたら『じゃあ、うちのを使って』とか、誰かが倒れたら手伝いに行くとか、そういう助け合いを以前からよくやっていた地域だと思います。」

それに加えて近年は、生産性向上に対する若手酪農家の意識が相当上がってきていると、有賀さんは言います。

有賀さん「2020年からは、酪農の専門家が地域おこし協力隊として来てくれて、若手酪農家の指導をしています。牛群検定といって、牛の乳量や乳成分などを検査するしくみがあるのですが、それで全国トップを目指せるくらいのことを教えています。若い子たちもそれに応え、経営にプラスになることをどんどん取り入れていこうと、モチベーション高く取り組んでいます。」

餌代の高騰を始め、酪農の経営には逆風が吹くものの、佐久穂町の酪農家はなんとか利益を出すことができています。この苦境を乗り越えて存続していくために、新たな地域おこし協力隊の存在に期待がかかります。

有賀さん「さらに努力を続けてちゃんとした酪農経営をすれば、将来はきっと盛り返すはずです。酪農経営って捨てたもんじゃないということを、若い人たちに学んでいってほしい。そのためにも、手伝ってくれる人や息抜きできる時間が必要です。」

酪農の世界に踏み出すチャンス。欠かせないのは牛への愛情

最初に登場した篠原沙保さんは、かつては酪農ヘルパーとして仕事をしていました。

沙保さん「酪農家は一軒一軒、本当にやり方が違うので、それを知ることができるのが面白いし、勉強になりました。酪農をやりたい人は、ヘルパーを経験することはとてもおすすめです。」

沙保さんは酪農の専門学校を卒業後にヘルパーになりましたが、今回募集する協力隊員には、酪農の経験や知識は問われません。

ヘルパーとして実地で仕事を覚えながら、TMRセンターでは配合飼料のことや農業簿記の勉強もできます。大型特殊免許やフォークリフトの免許などを取得する支援もしてもらえるとのこと。有賀さんは、「最初は素人でも、3年間の間に酪農経営ができるくらいの知識を持てるようにサポートしたい」と目標を掲げます。酪農に興味があって、この世界への足がかりを得たいという人には、うってつけの機会でしょう。

任期終了後はヘルパーとして独立することや、酪農に関わる様々な道が考えられる。協力隊員のその後のキャリアも支援しますと、有賀さん、潮田さん

一方で、楽な仕事ではないのも事実です。TMRセンターのおかげで餌やりの重労働はありませんが、仔牛のミルクを運んだり掃除をしたりといったことで体力を使います。洗えば落ちるとは言え、汚れや牛の臭いがつくのは避けられませんし、冬の早朝からの作業は寒さとの戦いにもなります。

動物と触れ合うことの喜びは、そのような辛さを乗り越える原動力になるでしょう。また、繊細な生き物である牛とうまくやっていくためにも、牛への思いやりは必要不可欠です。

潮田さん「酪農家さんたちもよく言いますが、牛への愛情がないとこの仕事はできません。牛というのは敏感な生き物で、ストレスを感じると乳量も減ってしまうんです。牛に対して丁寧に接することは、とても大事なんです。」

庸平さんに撫でられる牛の表情は、穏やかそのもの

協力隊員の選考過程で、一次面接の合格者には2泊3日の酪農体験の機会があります。豊かな自然の中で牛と共にある生活には惹かれるけれど、自分にできるのか心配……という方も、ぜひまちを訪れて、牛たちの愛らしさや酪農家のみなさんの情熱を直に感じてみてください。

文 やつづか えり

※ 撮影のため、取材時はマスクを外していただきました。

募集要項

[ 会社名/屋号 ]

長野県佐久穂町役場 農政係

[ 募集職種 ]

酪農サポーター(地域おこし協力隊)

[ 取り組んでほしい業務 ]

①酪農家のサポートとして、「牛舎の掃除、エサやり、搾乳、子牛の哺乳等」。

②堆肥づくり、堆肥について関係者と共に情報収集や農家へのヒアリング。

③酪農・堆肥を通して、町の農業(水稲、野菜、花卉、果樹等)や観光業等について研修を通して学んでいただき、町内のより多くの方と交流し関係づくりを行っていただきます。

④余裕があれば、①~③に関して、酪農や佐久穂町の魅力を伝える情報発信を、八千穂TMRセンターと協力しながら行っていただきます。

※八千穂TMRセンター:町内農家で創業した飼料会社。TMRとはTotal Mixed Rationの頭文字で、栄養を考えながら配合された牛の餌のことです。「完全飼料」、「混合飼料」などと呼ばれています。町内の農家はTMRを活用することで、牛の世話でも重労働なエサやりの手間を省力化し、かつ栄養成分の設計を細かく行えるようになっています。

[ 雇用形態 ]

任務開始日から1年間を最初の雇用契約期間とします。
(最長で3年間まで延長することができます。)

[ 給与 ]

月額190,900円

賞与:在職期間に応じて最大年間2.55ヶ月分

※通勤手当(予算の範囲内)は支給されますが、退職手当等はありません。

[ 勤務地 ]

八千穂TMRセンターを拠点に、町内各酪農家へ酪農サポーターの仕事に従事します。

[ 勤務時間 ]

週37.5時間:1日7時間30分を基本とします。
基本的に早朝と夕方が活動の時間帯となります。兼業は制限しておりません。
希望すれば酪農等のアルバイト等も可能です。

[ 休日休暇 ]

週休2日制 有給休暇は、年10日となります。(年間の勤務月数に応じて減少)

[ 昇給・賞与・待遇・福利厚生 ]

■隊員の活動に必要な車両(自動車等)は、原則として隊員が用意するものとします。

■隊員の活動用の燃料費、消耗品費、旅費、データ通信端末及び通信料等の活動経費は町が予算の範囲内で負担します。

■酪農ヘルパー業務に必要な資格(中型車運転免許、小型クレーン、玉かけ、フォークリフト、人工受精士等)は期間中の取得が可能です。取得費用は予算の範囲内で補助します。

■雇用契約期間中の住居は、町内にある町営住宅(R4.10.6現在:世帯用3件・単身用2件空きがあります。牛舎まで車で10分程度。)、又は民間アパート等に居住していだきます。雇用契約期間中の住居家賃は、予算の範囲内で町が負担します。

※転居に係る費用、生活備品及び光熱水費等は、個人負担となります。

※雇用保険、社会保険は佐久穂町役場で加入します。(掛け金負担あり)

[ 応募要件・求める人材像 ]

■三大都市圏、都市地域等(過疎、山村、離島、半島等の地域に該当しない市町村)から生活の拠点を佐久穂町へ移し、住民票を異動することができる方

■牛が好きで、酪農家と協力しながら精力的に活動できる方

■心身ともに健康で誠実に業務を行うことができる方

■普通自動車運転免許を取得している方 ・地方公務員法第16条に規定する一般職員の欠格条項に該当しない方


≪参考事項(任務に役立つと思われること)≫※必須要件ではありません
酪農サポーター業務にあると便利な資格(中型車運転免許、小型クレーン、玉かけ、フォークリフト、人工受精士等)については、雇用契約期間中に取得が可能です。活動費の範囲内で、資格の取得経費を補助します。

[ 選考プロセス ]

■一次選考:書類選考/令和5年2月20日締め切り(郵送必着)
先着順で選考をおこないます。

■最終選考
令和5年3月10~12日 第1次選考合格者を対象に、2泊3日の酪農体験及び面接を行います。
なお、宿泊費等は町で負担しますが、交通費は応募者の負担とします。

■最終選考結果の報告
最終選考の結果は最終選考参加者へ文書で通知します。

■合格者説明会
規則等や任務の確認、住居案内、居住行政区へのあいさつ(区長)及び各課への紹介等を行います。合格者と日程調整の上、実施します。

[ 参考URL ]
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佐久穂町ホームページ

佐久穂町の酪農(動画)

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