「お客さんはもちろん関わる人みんなが、

明日もまた来たくなるような、そんな居場所にして行きたいですね。」

山岳信仰の地として知られ、雄々しくそびえる御嶽山(おんたけさん)。その麓にあるのが、今回の舞台となる木曽町です。古くは江戸時代の五街道のひとつ、京と江戸を結んだ中山道「木曽路」が通り、関所の町として政治・経済・文化など多方面に栄えてきました。

そうして生まれた文化を受け継ぎ、守り、20年間さまざまな体験として伝えてきたのが、旧黒川小学校を利活用して建てられた「ふるさと体験館きそふくしま」です。

国道361号線沿い、山と川に囲まれた自然豊かな場所に建つ体験館

平成9年に廃校となった黒川小学校は、「なんとか校舎を残したい」という地域の人たちの思いを受けて手入れされ、平成15年に再出発。蕎麦打ちや五平餅、木曽の初夏の風物詩・朴葉(ほおば)巻などをつくる「郷土食」、野菜づくり、きのこの植菌などを行う「農林業」、箸づくりや機織り、草木染めなどを扱う「木工・工芸」などの体験館として、大切に利用されてきました。

木造校舎は昭和3年築。地区の人たちから木材提供を受けて建てられている

そして2022年秋。この建物が再び用途を変え、木育をテーマとした「木曽おもちゃ美術館」に生まれ変わることになりました。「人が初めて出会う芸術は、おもちゃである」という考えのもと、体験を通じて暮らしや文化、地域を伝えるというおもちゃ美術館。

オープニングスタッフの募集にあたりお話をお伺いしたのは、ふるさと体験館きそふくしまの運営を担ってきたNPO法人ふるさと交流木曽の古畑洋志さんと塩澤郷子さん。そして木曽おもちゃ美術館の副館長であり、全国各地のおもちゃ美術館設立に関わってきた星野太郎さんです。

まちの居場所を兼ねた木曽の文化体験施設

塩澤さんは、小学校が体験館として生まれ変わる頃から事業に関わってきた人物。体験プログラムや畑仕事、事務仕事から来客の対応まで、幅広い業務を担当してきました。

笑顔が素敵な塩澤さん。たくさんの人とお喋りしながら、地域と人、施設をつなぐ役割を担う

木曽地域には昔ながらの街並みを残した“宿”や温泉地、高原などの観光資源が多く、特にGWからはじまるグリーンシーズンは観光客の姿が目立ちます。体験のメインは、そうして地域に訪れる関東圏や中京圏からのお客様。

塩澤さん「体験プログラムにしている農、食、木工は全て密接に関わっていて、苦労や楽しさを味わってはじめて教えられるもの。地元のお母さんたちに比べたら経験は少ないですが、なるべく自分の口で木曽の暮らしや文化を伝えたいと思い、この20年、自分でも畑を耕したり、赤カブの葉を発酵させた郷土食”すんき漬け”をつくってみたり、少しずつ自分のものとして身につけてきました。」

大切にしているのは、もの、こと、人の地産地消。例えば蕎麦打ちは、食堂でも体験でも木曽町産の蕎麦を石臼でひいた蕎麦粉を使い、地元の人が講師を務めます。

製菓衛生師・調理師の免許を持つ古畑さん。蕎麦打ちをはじめ、食に関することを担当している

古畑さん「体験館の食堂は、特に地産地消の色が強かったと思います。地元のお母さんたちがはじめたものを引き継ぐ形ではじまっていて、そのお母さんたちと一緒に働けるのがポイントですね。高齢化で人数は減っていますが、今もよく助けてくれる人たちです。」

暮らしの知恵を聞くのも楽しみのひとつ。教わったノウハウを体験プログラムに織り交ぜる

古畑さん「僕のメインは食に関することですが、天候や時間、季節によって取り組む内容はいろいろです。食堂で調理をしたり、畑に出て五平餅のタレに使うエゴマや野菜を栽培したり、蕎麦打ちなどの体験を教えたり。今日の午前中は、“自分たちで蕎麦をつくる”という通年プログラムの一環で、近くにある林業大学の学生さんたちに草刈りの実習をしてきました。」

体験館には体験プログラムと食堂のほか、売店や木の遊び場、昔の道具を保管・展示するスペースなど多くの機能があります。観光施設でありながら、地区の人たちが帰省中の家族を連れて来てくれたり、季節ごとの体験ですんき漬けや味噌を仕込みにきてくれたりするのも、この場所の特徴です。

塩澤さん「もともと地区の中心にあった小学校というだけあって、おじいちゃんおばあちゃんがおしゃべりに寄ってくれたり、子どもたちが遊びに来てくれたりと、黒川地区の人たちの居場所でもあるんです。コロナ前はお盆にビアサーバーを用意して、ビアガーデンも開いていました。」

普段は来ない人たちが、気軽に顔を出してくれるのが嬉しい黒川ふるさと祭りのイベント。貴重な地域間交流の機会だった

体験館を通じてたくさんの人に出会い、育ててもらっている、という塩澤さんと古畑さん。入職してからこれまで、町の一員としてコミュニティに加わり暮らしてきました。

楽しく便利な暮らしの一方で失われていく文化

お二人が黒川地区やこの施設に関わりはじめたきっかけは、それぞれ些細なことでした。

塩澤さんの出身は東京都。20年ほど前に移住し、木曽町役場でアルバイトを始めたんです。その初日が、ちょうどこの体験館の起工式。人手が足りないからと呼ばれて関わりはじめました。

何も誰も知らない状態でのスタートでしたが、宿場だった土地柄か、誰に対してもびっくりするほどオープンなのが木曽町のよさ。

塩澤さん「10時のお茶の時間に居合わせると、“ちょっと寄ってって”と声がかかり、初対面の人と一緒にお茶をするのが日常茶飯事でした。体験館そのものがまちの人に愛された小学校だったので、ここで立たされたとか、ここに落書きしたとか、いくらでも当時のエピソードを話してくれる人がいて、それを聞くのも好きです。おかげ様で、すっかり黒川小の歴史に詳しくなりました。」

今は「木曽を出る方が寂しくてホームシック」と笑う塩澤さん

古畑さん「僕は木曽町出身で、高校までを地元で過ごしました。パティシエを目指して調理の専門学校に進学しましたが、卒業後に就いた憧れの仕事は早朝から夜まで働き詰め。陽の光を浴びない日々が続いて、“これは違うな”と思い転職しました。いくつか仕事を経験して、木曽に戻ってきたのは26歳のときです。」

その後、しばらくは観光協会で観光案内や事務仕事をしていたという古畑さんですが、「もっと形に残る仕事をしたい」と感じてものづくりの世界へ転身を決意。縁あって体験館に声をかけてもらい、入職したのは10年ほど前のことです。

古畑さん「食に関する仕事は全てが形に残るわけではありませんが、蕎麦打ちや木工など、技術として自分の身につくのがやりがいです。木曽が気に入っているから戻ってきたというわけでもないですが、“都会に出たい”という願望は初めから全くなくて。どこにいてもやりたいことはできる、というスタンスで働いています。」

二人ともが「居心地がいい」と声を揃える木曽町の暮らしは、この数年でさらに便利になったそう。

塩澤さん「地元の東京は物も人も溢れ過ぎていて、こっちの方が住みやすいなと感じる場面は多々ありますね。ネットの環境も整備されて、特に不便は感じません。」

古畑さん「僕が子どもの頃は国道沿いにコンビニなんてなかったですし、ずいぶん変わったなと感じます。高速バスが通るようになったし、道路も整備された。人口減少だ、少子化だと聞きますが、自分の住んでいる日義地区は新築住宅が増えていて、少し不思議な感じがするくらいです。」

しかし訪れた変化はいいものだけではありません。一緒に働く地元の人たちの高齢化は、節々で感じるようになりました。

塩澤さん「見た目は変わらなくても歳をとったなと感じることがあります。世代交代が進んで任せてもらうことも増えましたが、まだまだ、みんなが元気で教えてもらえるうちに覚えたいことはたくさんあるんです。」

知恵やノウハウは、全てが今までの個々の暮らしに基づくもの。教えてもらったからと言ってできるようになるわけでもなく、生活スタイルが変わった今、受け継ぐには厳しい現実も多々あります。

塩澤さん「大きいところだと田んぼや畑、山の管理は手が回りません。もったいないと思うけれど、きちんと受け取ろうと思ったら人がいないし時間も足りない。本当は郷土食も、お母さんたちのなかにある知恵をもらって一からつくりたいけれど、お米は買ってくればいいよねとなってしまうのが現実です。これ以上は無理かなっていう、ラインが見えてしまうというか。」

家が山を所有しているという古畑さんも、先々の管理に頭を悩ませます。

古畑さん「先祖代々受け継がれてきた山ですが、今入って整備できるのは兄弟のなかで僕だけ。どうしてもうまく継げない部分は出てくるだろうと思います。技術の進歩や環境の変化、林業関係でいえば炭焼きの文化もなくなりつつありますね。」

苦労も良さも知っているからこそ、事業や文化の承継に葛藤やモヤモヤが生まれる

上の世代の思いを引き継ぎながら、自分たちが次の世代に渡せるものは何か。「全てを受け取ることはできない」と話すお二人ですが、体験館がおもちゃ美術館にリニューアルすることが決まり、新しい可能性も見えてきました。

温故知新で地域をつなぐ、木ある暮らしの魅力

塩澤さん「おもちゃ美術館の“木育”という視点で改めて木曽町を見ると、物理的にも心理的にも山や木が生活に近いのがこのまちの特徴だと思います。体験館で行っている草木染めや箸づくり、朴葉巻にも地元の木や葉を使うし、昔は漬物や味噌に使った桶、農機具、漆器も、みんな地元の木でつくられている。当たり前すぎて見落としがちな魅力に気づくと、いろんなものが違って見えてくるんじゃないかと期待しています。」

つくっているのは、遊びながら魅力に触れ、いつの間にか木のファンになってしまうような気づきの場。体験を大切にするのは今までと同じ

すぐそばに木がある暮らしは、かつて全国で営まれていました。木曽おもちゃ美術館の副館長を務める星野さんは、そうした日本古来の文化に目を向けます。

星野さん「例えば、つげの櫛とか桐のタンスとか、身近なものに木の名前をつけるという文化。“なぜつげが櫛にいいのか”といったら脂分が多いからなんですが、昔の人は科学的調査もなく、実感としてわかっていたんですよね。」

使いながら知りながら、守り受け継いでいく。当たり前にあるその生活こそ、名のつく前から、森林保護やSDGsなどの考えに通じていたのだと星野さんは言います。

星野さん「今まで体験館が大切にしてきた地産地消は、木にも言えること。全て地元のものを使っていくことが、長く生きていくヒントなのかもしれません。行き着く先がおもちゃなのか、暮らしなのか、農機具などの重機なのか、それとも建築なのか。木曽のおもちゃ美術館は、そうした木の可能性がまるっと体験できる場所になると思います。」

美術館が入るのは渡り廊下でつながる元体育館。体験棟同様、地域の人たちに守られてきた建物をリノベーションしている

昭和59年に開館した東京おもちゃ博物館を皮切りに、岩手県や静岡県、沖縄県など、今まで全国9箇所につくられてきたおもちゃ美術館。それぞれの地域文化を伝えるというコンセプトは共通ですが、伝え方はそれぞれ地域の特色によって異なります。

木曽の美術館は、今までの思い出が詰まった体験館であり、地域拠点の旧小学校。今までと変わらず、地区のみんなが誇れる場所であり、居場所であることを通じて、木曽の豊かさを伝える場所を目指しています。

塩澤さん「伊勢神宮に奉納されてきた木曽ヒノキや、アスナロ、サワラなどの木曽五木、やっぱり木曽の木を、皆が誇りに思ってます。地域で守ってきた山や木が活かされるのは嬉しいし、そうしてできたものを通じて伝えられれば、またひとつ地域のみんなに愛されるものになっていく気がします。」

そうした思いを感じ、1人でも2人でも「山を守りたい」と思ってくれる人が増えれば嬉しい、と塩澤さん

「地域の人の力を借りて一緒につくる」というのも美術館が大切にしている理念のひとつ。「遊びの案内人」として館内でおもちゃと人をつなぐ役割を担うおもちゃ学芸員は、その象徴的な存在です。

星野さん「養成講座を受けてもらったボランティアスタッフさんで、黒川地区や木曽町内の方はもちろん、県外からの方もいらっしゃいます。平均年齢は50歳から60歳くらいで、開館までに120人くらいになる見込みです。みんなでつくってみんなで伝える、これが僕らの基盤です。」

近くに暮らす学芸員さんたちには、今までの体験館のように気軽にここに足を運んでほしいと話す星野さん。

星野さん「ボランティアって、ちょっといいことをしにくるということでなくていいんです。塩澤さんたちに会いに来たときに、“ちょっと美術館の方にも行ってくるかな”って子どもたちと遊んでもらうような。観光地だしリニューアルもするけれど、地区の人にとっては変わらない居場所であり続けたいと考えています。」

また、観光協会に勤めた経験を持つ古畑さんは、美術館ができることで木曽地域の全体の活性化にも期待をしているそう。

古畑さん「木曽の冬はグリーンシーズンに比べて本当に人がいないんです。スキー場や温泉はあるけれど、そこに天候問わず子どもたちと楽しめる美術館が加わることで、冬の観光を底上げしたい。年間通して木曽方面に来る人が増えるような波及効果を生み出したいとも考えています。」

星野さん「美術館が木曽全体の広告塔として機能できるように、“楽しかったな”“木っていいな”って、何かひとつでも訪れた人の心に残してもらえるような、そんなふうになっていけばいいなと思いますね。」

随所に木曽の木が使われた館内。これからシンボルツリーが入り、さらに木曽にちなんださまざまな仕掛けが施される

木曽の「僕らスタイル」を一緒につくるスタッフを募集

秋からの営業は、おもちゃ美術館と体験ショップ、カフェの三本柱。どこがどうなるかまだわからない部分もありますが、いずれも部門間で連携しながら、お客さんをとびっきりの笑顔にする仕事です。

星野さん「今まで美術館を立ち上げてきた経験から、保育士免許を持つ人や、現場を経験したことがある人がいてくれると心強いなと思います。子どもたちとの遊びやコミュニケーションはもちろんですが、例えば怪我をした、倒れたなど、来館者にトラブルがあった場合に対応できるスタッフがいるのは安心ですね。」

ショップなら販売経験を持った人、カフェなら飲食経験者など、得意を活かせる場面はそれぞれにありますが、何より大切なのは、素直で明るくて優しいこと。開館や閉館、イベントなどの時間軸がきっちり訪れる美術館の仕事。ボランティアスタッフなど関係者も多くなる分、時間管理やフォーマットを守りながら、人を思いやる気持ちが大切になりそうです。

星野さん「いろんな人がいるから、いろんな人と話をするのが、楽しさであり難しさであり、醍醐味ですね。いろんなことが起こるので、ありきたりではあるけれど、どんなことにも興味関心を持って意欲的に取り組めるのも大事です。資格や経験はなくても全く問題ありません。」

星野さんが好きなのは、夕方4時の閉館時間に「帰りたくない」と駄々をこねる子ども達を見送る瞬間。「してやったり」と頬が緩む

塩澤さん「体験や郷土食の部分でも興味関心を持てること、あとはどこかしらに“好き”という気持ちを持てることが大切だと思います。“どうやって教えよう”とか“なんて言ったらうまく伝わるかな”とか、考えを巡らせるのが楽しさであり難しさ。大変なときもあるかもしれませんが、ここには支えてくれる仲間がいます。」

古畑さん「お客さんとの対面の楽しさだったり、伝統を知る楽しさだったり。働きがいはいろんなところにありますが、興味のあることを学ぶのは、いくつになっても苦じゃないと思うんですよね。僕自身、新しく来てくれた人たちから学んでいきたいし、今日もよかったから明日も楽しもうって思いながら働ける環境をつくっていきたいです。」

大切にしてきた場所が生まれ変わる。期待と不安が入り混じりながらも、育ててくれた地域に「ありがとう」を返していきたい、と話す塩澤さんと古畑さん

星野さん「廃校って、人間のノスタルジックな感情を呼び起こすような独特な魅力があって。どこかで自分の故郷を思い出して“懐かしいな”と親和性を感じることができるのだと思います。“地域の人たちから長年愛され続けてきた”という実績も侮れなくて、そういった魅力も感じ取ってもらいながら、美術館はいい意味で期待を裏切りたい思いもありますね。体育館ってこんなふうに生まれ変わるの!?みたいな。(笑)」

大義名分なんてなくてもいいから、人の手垢がついた物語や地域の温もりを伝えることに喜びを感じる人に来てほしい。新旧を織り交ぜ、木曽の暮らしと誇りを広く未来に伝えるおもちゃ美術館で、優しくて大きな挑戦がはじまろうとしています。

文 間藤まりの

※ 撮影のため、取材時はマスクを外していただきました。

募集要項

[ 会社名/屋号 ]

ふるさと体験 木曽おもちゃ美術館(NPO法人ふるさと交流木曽)

[ 募集職種 ]

おもちゃ美術館運営スタッフ

[ 取り組んでほしい業務 ]

・おもちゃ美術館での接客、イベント企画、団体受け入れなど美術館運営業務全般
※携わる業務はご本人の経験や希望を考慮し、相談の上決定いたします。

[ 雇用形態 ]

正社員

[ 給与 ]

正職員:月収18万円~
※年齢、経験により決定

[ 勤務地 ]

長野県木曽郡木曽町新開6959

[ 勤務時間 ]

①正社員:8:30~17:30(休憩60分)

[ 休日休暇 ]

正社員:週休2日制 年間休日105日

[ 昇給・賞与・待遇・福利厚生 ]

社会保険完備
退職金制度(パートの場合は勤務条件による)
年次有給休暇
通勤手当

[ 応募要件・求める人材像 ]

経験や資格などは不問です。下記に当てはまる方はぜひご応募ください。
・地域に根付く伝統や農業、手仕事、手作りの文化に関心のある方
・地域の活性化や文化資源の継承に関心のある方
・山や木に根付いた暮らし、木育などに関心のある方
※保育士免許をお持ちの方は歓迎いたします

[ 選考プロセス ]

書類選考

面接1回

内定

入社(9月~10月頃を予定)

※選考期間は約2週間程度を想定しています
※取得した個人情報は採用目的以外には使用しません。
※不採用理由についての問い合わせにはお答えできかねます。

[ 応募締切 ]

9月30日(金)まで

[ その他 ]

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東京おもちゃ美術館
信州木曽ふるさと体験館