1920年代に柳宗悦(やなぎむねよし)氏が提唱し立ち上がった”民芸運動”は、戦後の大量生産・大量消費の渦の中で各地の手仕事の文化や風習が失われゆくことに対して警鐘をならすものでした。

“民芸”とは、”民主的工芸”に由来し、民衆の生活の中で自然とつくり出された工芸品の美しさを評価する動きとして広まっていきます。その民芸運動の思想に強く共鳴したのが、池田三四郎(いけださんしろう)氏、「松本民芸家具」の創始者です。
 
長野県松本市で民芸運動の精神を現代に受け継ぎ、家具をつくってきた「松本民芸家具」が、新たに営業責任者となる人を募集するときいて、3代目で常務取締役を務める池田素民(いけだもとたみ)さんにお話を伺いました。

戦後の民芸運動の精神を現代に受け継ぐ

JR松本駅から徒歩5分ほどで見えてくる中町通り。古くからの蔵の街並みが保存されている地区として、松本へ訪れる観光客が必ずと言っていいほど立ち寄るスポットとなっています。その一角にあるのが、「松本民芸家具」のショールーム兼本社です。

「松本民芸家具」の家具をつくる工房はショールームから徒歩5分ほどの距離にある

ショールームには、「松本民芸家具」の家具が整然と並べられています。「松本民芸家具」には主要材として、ミズメザクラという粘りのあるカバノキ科の落葉高木が使われており、しなやかかつ丈夫なつくり。また、漆、ラッカー塗装はすべて手塗り。ラッカー仕上げで8回、漆仕上げで13回以上の工程で職人さんによって丁寧に塗り重ねられるため、完成した家具は重厚な雰囲気を醸し出します。旅館やホテルのほか、喫茶店など松本市内の複数の店舗でも「松本民芸家具」の家具が使用されており、格式高い雰囲気を演出しています。

その「松本民芸家具」の3代目であり常務取締役の池田さんは、入社当時から営業担当として、全国を飛び回り、「松本民芸家具」の家具の販売を通して民芸の魅力をたくさんの人に伝えてきました。

「松本民芸家具」3代目で常務取締役の池田さん

池田さん「ありがたいことに『松本民芸家具』の家具は他のメーカーと比べて選ぶというより、ほぼご指名で買っていただけます。お客さまもそういう意識で来られているので対等にいろいろな話ができて、日々たくさんのことを学ばせていただいています。」

池田さん自らが出演・動画編集を手がけるYouTubeチャンネルの「千夜一夜」では、「松本民芸家具」の商品を垣間見ることができます。

池田さん「コロナ禍で全く営業活動をできなくなってしまった時期に、とにかくできることを考えて商品紹介を始めました。『松本民芸家具』のお客さまは、家具の持っている物語について興味を持っている方がたくさんいらっしゃるので、仕様についてあれやこれやと話すのではなく、家具が持つストーリーを中心に伝えていくように意識しています。」

その甲斐あってか、YouTubeを視聴して、実際にショールームに足を運ぶお客様もいらっしゃるのだとか。これまでにも、全国の百貨店やイベント出店を通して、「松本民芸家具」のストーリーや価値を伝えてきたという池田さん。今や、池田さん目当てで来店するお客様もいるほどだといいますが、ここに至るまでにはさまざまな試行錯誤がありました。

大事なことはお客さまから教えていただいた

池田さんが「松本民芸家具」へ入社したのは、ちょうどバブル経済が終焉した頃。家具の売れ行きも昔ほど好調でなかったことに加え、白木や無垢な材を使用した北欧家具のブームが始まった時期でもあり、重厚な色合いを基調とした「松本民芸家具」をどう売っていくか悩んでいた時期もあったそうです。

営業を始めたころは、お客さまに覚えてもらうために”はっぴ”姿で展示会に立つことが多かった池田さん。”はっぴ姿”はそのうち池田さんのトレードマークになった

池田さん「当時は営業してもなかなか成績が残せず、非常に悩みました。職人さんたちとコミュニケーションするにも、とにかく注文を取ってこなくちゃならない。そうするとお客さまとどうやって接するか、何を伝えるかを考えますから、木の知識を蓄えたり、祖父が残してくれた書籍などを読んで勉強していました。私の役目は、先人たちが大事にしてきたものを代弁者的に伝えていくことだと思っていましたが、それだと付け焼き刃で、『松本民芸家具』がどういうものか、すごく高いところから話をしていたと思います。」

民芸運動の時代から脈々と続く哲学や思想を伝えていく中で、代弁者的な立場から、池田さんが自らの言葉で話をするための実感を持ち始めるきっかけをくれたのは、お客さまだったといいます。

池田さん「長年お付き合いのあるお客さまほど、新しいものをあまり褒めてくれず、『近頃の松本民芸家具はいまいちになったな』みたいなことを言うんです。最初はショックでしたが、よくよく聞いてみると、自分が昔買った家具の方が良いと言いたいのだとわかってきて。」

「松本民芸家具」の家具に対するお客さまの愛情に気づいた池田さん。お客さまが自分の家具について嬉しそうに話す姿を見ながら、次第に意識するようになったのは「役に立っているか」ということでした。
 
池田さん「私の祖父が柳先生の思想に共鳴して民芸運動に参画した根本的な理由は、”人のためになりたい”ということだったんだと思います。戦後の動乱期でみんなが目標を失っている中で、彼は、残りの人生を自分のためじゃなくて人のためになることをしたいと思った。そのヒントをくれたのが、民芸運動でした。私たちの家具は使い込んでいくほど、良さが出てきます。それが暮らしの中で思い出となり、次の世代が振り返った時にそこに家族の面影を見たりして、その人の助けになる。僕はそれを言葉で伝えていましたが、そういった原点的なことが、お客さまの中でしっかりと実践されていることを実感したんです。」

創業当時の写真(写真左:「松本民芸家具」創始者の池田三四郎氏(左)と民芸運動を牽引した柳宗悦氏(右)、写真右:ウィンザーチェアー製作の指導に当たるバーナード・リーチ氏)

創業者の時代から大切にしてきた”人の役に立つ”という想いとその実践は、しっかりとお客さまに受け止められ、それが購入した家具への誇りや「松本民芸家具」への愛情につながっていることに気づいた池田さん。

池田さん「自分たちが伝えようとしてきたことが、お客さまにもちゃんと伝わってるのかもしれないなと思ったら、ああこの仕事はやっぱり頑張らなくちゃいけないと。私たちが一生懸命つくったものが誰かのためになって、喜ばれる。そして何十年経っても『この家具はやっぱり買って良かった』と言ってもらえる。そういうことがやはり仕事をする上での一番の糧ですね。」

お客さまの人生の一場面を支え、喜ばれる家具をつくり続ける

家具を購入するのは、結婚をしたり、家を建てたり、人生の節目のような時期が多いといいます。そこからしばらくすると、また次の節目がやってきて、久しぶりに来店するお客さまもいらっしゃるようです。

池田さん「『次の世代に持たせたいから、今持っている家具を直してくれないか』とか、中には『私は子どもがいないから自分が死んだら、この家具が心配だ』と言って遺言を書いて持ってきた人もいらっしゃいました。家具を売っていると、そういうふうにお客さまの人生に少しだけ踏み込むことがあるんですよね。」

使う人の味が出てくる家具は、使い込むほどに愛着がわいてくる

「松本民芸家具」はその長い歴史の中で、お客さまに喜ばれる家具づくりを積み重ねてきました。そこには、喜ばれる家具とはどのようなものなのか、本気で考え抜く“ものづくりの姿勢”があります。

池田さん「物を買う時は、限りあるお金をちょっとでも意味がある何かに変えようとするじゃないですか。真面目につくられたものというのは、少なくともそうした意味があると思います。便利さももちろん大事ですが、ただ表面的な使いやすさだけではなく、使う人の立場に立ち、もっと長い時間の中で使い込んでいった時に愛着がわくものであったり、捨てがたいものであったりとか。何よりそれがなくなってしまったら寂しく感じるようなものを届けたいんです。それがあることで、もしかしたらつらいときにも何とか踏ん張れるかもしれない。愛用品とは、そういうものなのではないでしょうか。」

お客さまの暮らしの一場面を支える家具が、人生の中でかけがえのないものとなっていく過程に寄り添ってきた池田さんが、大事にしていること。それはやはり、お客さまに喜んでもらう家具を届けることだといいます。そのためには何か突飛なことを始めたり、新しく何かを変えたりする必要はないと池田さんは断言します。
 
池田さん「お客さまの人生の一つのきっかけとして、私たちの家具を求めてくださる状況をつくり続けるということが、唯一の目的です。お客さまに誠実に向き合い、喜んでもらうことが一番大事なことで、三代目だからこうしてみたいというものは特にないです。それでは夢がないと思われてしまうかもしれませんが、みんなが喜んでくれるような仕事を続けていきたいのです。」

民芸の魅力をつくってきた地域のアイデンティティと職人たちの思想

松本市では、あがたの森公園を会場に、民芸品をつくる職人や販売を行う出店者が集結する「クラフトフェアまつもと」が毎年開催されており、今年で38回目(新型コロナウイルス感染症拡大の影響により2020年、2021年は中止)。出店者数だけでなく、来場者数も年々増加傾向にあり、特に近年は若い世代が多く参加されるそうです。世代を超えて多くの人を惹きつける民芸品の魅力とはどのようなものか、改めて池田さんに伺いました。

池田さん「民芸というものは、歴史がつくってきたものだと思います。つまり、自分たちの前に生きていたたくさんの人たちが積み重ねてきたものなんです。松本で木工が栄えたのには、ちゃんと理由があります。辺りが山林に囲まれていたり、空気が乾燥していて木材の乾燥に適していたり。また、盆地という地形から、川を活用して木材を集積しやすかったりとか。そこには地域固有の環境やアイデンティティがあるんです。」

周囲を山に囲まれる松本は盆地の地形を活かして、木工業が栄えてきた歴史がある

「松本民芸家具」のWebサイトに書かれている“「作る」ではなく「作らせてもらう」素材の力に多くを助けられていることを忘れてはいけない”という一文は、松本地方の自然資源の恩恵に感謝し、ものづくりをする職人が持つべき精神性を表現しているものといえます。

池田さん「家具づくりは、材料があって初めて可能になります。”木を生かす”という言葉がありますが、途中から使わなくなりました。生きている木に刃物を入れたということは、やっぱり殺したんです。人間と違って、木は死んで土に帰るまでの時間が長いだけで、その木は絶命したんですよ。よく先代の会長が『その木が生きていたかもしれない時間を確保するために、私たちは長持ちするものをつくらなくちゃならない』と話していました。10年持つものをつくるか、100年持つものをつくるか託されているのが、私たちつくり手なんです。」

その土地固有の地理的要件に加えて、自然環境が織りなす気候や原材料となる木の命。そしてもう一つ工芸品の大きな要素となるのが、つくり手が誰かを想う気持ちだといいます。

池田さん「職人というのは、決して裕福な暮らしをしてこなかった人たちです。それでも、いくら賃金が安かろうと、昔の職人たちは『どうせつくるんだったら、もうちょっと丈夫につくってやろう、綺麗につくってやろう』と考えたと思うんです。だからあんなに複雑な木の組み方をしたりとか、創意工夫を施してきた。それは誰かを想ったからなのでしょう。その誰かを想ったということがすごく大事なんです。」

東西の伝統技法を融合させつくり上げたラッシチェアは、「松本民芸家具」を代表する商品の一つ。太藺(ふとい)草を編み込んでつくるが、座卓をつくるための編む技法の習得のほか、生産農家の減少に伴って今では素材生産も自社で手がける。

誰かを想って丁寧につくる商品だからこそ、完成までにはそれなりに時間がかかります。金額もかかる工数に比例しますが、お客さまに納得して家具を購入してもらえるよう、池田さんはなぜこの金額なのか、満足してもらえる理由も含めて、きちんと伝えていくようにしているといいます。

池田さん「最近は、30代や40代ぐらいの比較的若い世代の人たちが民芸品に興味を示している現状があって。それが一体どういう理由なのかはっきりとは分かりませんが、ご時世的に安定感のあるものを求めてるのではないかと考えています。家具でなくても、いつもの食卓に器一つでも民芸品があることで、ほっこりしたいのではないかと。」

絶えず変化し続ける、先行きの見えない時代。だからこそ、どの時代においてもつくり手によって丁寧に紡がれてきた民芸品は、毎日の暮らしの中で変わらないでいてくれる普遍的な存在となるのかもしれません。

ものを通して伝えていくことの大切さ

池田さん「これまで『松本民芸家具』は、役に立つ家具づくりと販売を通して、木工の伝統やものづくりの職人たちの中で受け継がれてきた思想を伝えてきました。ものや木の役に立ったり、それが今生きる人や未来の誰かの役に立つのであれば、なんとか続けていきたい。もし自分たちが倒れてしまったとしても、次の世代にちゃんと繋がっていくようにしたいんです。」

そのために今、「松本民芸家具」は伝え手となって一緒に家具を届けていく仲間を必要としています。営業ポジションに入って働く人は、普段ショールームで勤務しながら家具の販売や企画を担当します。なお、展示会などの催事がある際には、出張をする場合もあるそうです。

社内会議で決められたテーマを元に、ショールームでは頻繁に品物の入れ替えをし、中町通りに面したウインドウのショーケースも定期的にレイアウトを変更する

池田さん「営業という仕事は、家具という一つの媒体を通じて、先人たちから受け継ぐものづくりの思想を伝えながら、お客さまの喜ぶ姿を間近で見ることのできるポジションです。僕が営業を通してさまざまなお客さまと出会い、経験してきたことは、自分にとって大きな財産となっています。そうした財産をつくることのできる仕事だと思いますし、それができる人は、多ければ多いほどいいと思っています。」

民芸運動の時代から受け継がれてきた伝統や思想を理解し、自分ごととして解釈しお客さまに伝えていくようになるまでには、時間を必要とするかもしれません。しかし、かつての池田さんもそうであったように、大事なのは根気強くお客さまと向き合い、役に立つ家具を届けること。

ロッキングチェアが一躍ヒットしたのは開拓時代のアメリカ。子だくさんの環境下で乳母が赤子をあやす際に重宝したという話に、思わず引き込まれてしまう

池田さん「自分でも努力したり勉強しなければならないですが、世の中には自分のスキルだけでは乗り越えられないものがたくさんあります。それを乗り越えさせてくれるのはお客さまだから、心配しなくても大丈夫。経験を積めば積んだだけ、きちんと自分に蓄積されていきますから、長いスパンで勤めていただける人であればありがたいです。」

営業には、その人が持つ性質や人生経験が大きく反映されることから、働いていく中で、その人固有のスタイルが見えてくるはずです。

先人たちが大切に守ってきた民芸を、なぜ大切にするのか。それが生活の中に置かれることによって、どのような価値をもたらすのか。お客さまと対峙しながら自分なりに考え、ものを通して伝えていく仕事は、きっと充実したものになるに違いありません。

ものづくりが好きで、民芸に興味がある方。仕事に対してやりがいを感じられるような何かを探してらっしゃる方。「松本民芸家具」で一緒に働いてみませんか。

文 岩井美咲
写真 たつみかずき

※ 撮影のため、取材時はマスクを外していただきました。

募集要項

[ 会社名/屋号 ]

株式会社 中央民芸

[ 募集職種 ]

営業販売マネージャー

[ 取り組んでほしい業務 ]

ショールームでの松本民芸家具販売を中心に、営業業務全般をお任せできる人材を募集します。家具をお客様に届けるための企画・販売のほか、展示会等催事の際には各地に赴き、松本民芸家具の伝統や思想を伝えながら販売して頂くことを期待します。

[ 雇用形態 ]

正社員(ただし試用期間3か月)

[ 給与 ]

月額180,000円~220,000円
◇残業手当(当社規定による)
◇係手当(着任業務により決定)

[ 勤務地 ]

中央民芸ショールーム
長野県松本市中央3-2-12

[ 勤務時間 ]

8:30~17:20もしくは9:10~18:00
(休憩時間:午前10分・昼1時間・午後10分)

[ 休日休暇 ]

変動制週休二日制(当社カレンダーによる年間休日87日)
但しショールーム勤務の場合は基本土日、祝日等出勤
(ショールーム出勤シフトにより決定)年末年始、有休休暇

[ 昇給・賞与・待遇・福利厚生 ]

■昇給年1回
■賞与(年2回 ただし業績による)
■通勤手当(当社規定による)
■皆勤手当
■健康保険
■雇用保険
■労災保険
■厚生年金

[ 応募要件・求める人材像 ]

<求める人物像>
根気強くお客様に向き合うことのできる方
ものづくり・民芸に興味のある方
長期的に勤めていただける方

[ 選考プロセス ]

書類選考

面接数回(現地にて)

内定

※選考期間は約3週間程度を想定しています
※取得した個人情報は採用目的以外には使用しません。
※不採用理由についての問い合わせにはお答えできかねます。

[ その他 ]

よろしければ、こちらもご覧ください。

■松本民芸家具公式HP
■松本民芸家具公式Youtube『松本民芸家具の日々』

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